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チャレンジ 18時間日本横断300km!(6/15)無茶がしたい時もある毎年夏が来るたびに、自転車で遠くへ行きたい思いが抑えられなくなる。 北海道を走るのも実にいい。が、自宅のある東京から自走で遠くへ行くのも悪くない。
何年前だったか、夜通し走って日光へ向かったことをこのサイトに書いた。あのときは結局途中でリタイアしてしまったが。その悔しさを胸にここ数年、私が暖めていた計画がある。それは、
一度目の挑戦は2005年。いつも通り折り畳み自転車、BD-1で挑戦した。朝8時前に高尾を出発してひたすら甲州街道を走り続けた。峠に次ぐ峠、辛かったけど楽しかった道。でも諏訪湖(150km地点)で日没を迎え、あっさりと挫折した。 二度目の挑戦は2006年。上諏訪を8時前に出て、緑の美しい安曇野を抜け、眩しい高原の湖を過ぎ、必死で山を下って糸魚川に着いたのはやはり夕方だったか。懐かしい思い出である。 二日あれば当時の私+折り畳み自転車でも東京から新潟まで走り切れた。しかし、できれば一日で行きたいのである。ここまでハードルが高いと当時は私の力も、自転車の性能も正直全然及ばなかった。 この数年間、通勤用ロードレーサー(Intermax Pista)によるトレーニングを続けてきた。研究室まで片道20km、できるだけ走って鍛えてきたつもりである。そして今春、通勤用ロードもツーリングが可能なように改造を施した。もともとはシングルスピードレーサーというタイプの変速のないタイプだったのだが、サークルでパーツを余らせている人達からいろいろともらってきて変速をつけたのだ。改名して「Pista Evolution」。燃費の悪いターボエンジンが乗っているところは例の車と一緒だ。
そして今年の夏がやってきた。いつもと変わらないようで何かがありそうな夏が。最近体調もいいし、土日は全国的に晴れ。さあさあ。出立の時か!! 準備体操:大垂水峠土曜の深夜、高尾まで甲州街道を車で飛ばし、駅前駐車場に停めて出発。コースを簡単に説明しよう。まずはここから甲州街道で北上する。大垂水峠、笹子峠、富士見峠と3つ峠を越えると塩の道に入る。塩尻峠を越え、安曇野から白馬へ緩やかな登りを走りきったらあとは日本海へ向けて怒濤のダウンヒル。合計300kmの道のりだ。(↑上の地図とアップダウンの図を参照) さて、今は0時。この時間の甲州街道は高尾の時点で交通量はほとんど0。まずは準備運動として大垂水峠をてれてれ登っていく。
下りは50km/h近いスピードが出る。場所によっては漆黒の闇。LEDライトなどでは危なくて仕方がない。今日のために先輩にHIDライトを借りてきた。HIDというのは、最近の車に妙に水色っぽくて眩しいライトがついているアレである。200m先まで照らせる異常な明るさを誇り、自転車用としては間違いなく最強だ。(ま、ほんとは私も持っているのだが電球が切れたままになっているので今回は借用) 他にも、後続車に轢かれないためにいろいろ準備はしてある。反射材のついたウィンドブレーカー、点滅式のテールライト、さらに右足に巻く赤色LEDの入ったバンド。無謀な夜間走行はもう、嫌だからね。 相模湖、藤野、上野原。この辺はそれなりにアップダウンのあるくねくねした道路。その先の大月でコンビニに寄り、一旦休憩した。大月は私の実家がある町で、最近国道がトンネルからバイパスに直結するようになった。ちょうど我が家の菩提寺の下を通るのだが、この辺は全然街灯がなく、非常に暗かった。新しい道路なのに。
暗闇の笹子峠さて、桂川を渡って次の峠は笹子峠だ。この峠は大垂水峠と違ってけっこう骨がある。6-7%の坂をずっと登っていかなければならない。虫の声と水音だけが響く笹子川に沿って走っていく。しかし想像していたより非常に楽に、峠のトンネルにたどり着いた。暗かったせいで余計なことに気を取られず、自分のペースを保ってペダルを回せたからだろうか。またはロードレーサーの走りやすさのおかげだろうか。
道幅の拡がった街道は、包析…じゃなかった、宝石のように煌めく甲府の街に向けて駆け下りていく。これは気持ちがいい。いやっほう。40〜50 km/hで回す。この辺の夜景はいつ見ても見事だ。中央高速からでも見えるので、車の皆さんも夜は走る機会があったら見てみてくださいな。この辺の「ほったらかし温泉」という山の上の露天風呂から見下ろす夜景も最高。
甲府盆地を抜けるうちに、向かい風が辛くなってきた。20km/hそこそこしか出ない。さっきまで40km/h出ていたとは信じがたい低速だ。足も辛いが、平地は尻も痛くなる。登り坂はほとんどの体重がペダルにかかっているのだが。尻が痛い原因はいくつか思い当たる。クランク(ペダルの付いている棒ね)が長すぎる、レーシングパンツとの相性、単純にサドルの問題か、それとも…あー痛てぇなもぅ。信号が赤になると座り込んで休憩。コンビニがあると、SOYJOYやら、どら焼きやら買っては腹に詰め込む。
長丁場 富士見峠ここから韮崎までの20km程度が非常にきつかった。尻の痛さと、夜明け前の暗さ・寒さと、緩やかな登りが徐々に体力と気力を奪っていく。韮崎で夜明け。セブンイレブンの前で座り込んで放心しながらカップヌードルをすする。うまい。こういうときどうしようもなくうまい。シーフード味。食っていると店の前を掃除していた老店長に話しかけられた。店長「糸魚川に行くんですか…それは遠いね(遠い目)…。でも凄いね。ここから先は富士見峠と塩尻峠が難所だからね…」 そうすね。遠いすね…というかもう帰りたい…。
もう明るくなったのでHIDライトとバッテリー3個を東京へ送ってしまった。さすがに今から14時間以上かかって糸魚川に着かなかったら輪行して帰ろう。夜の分のライトは用意しなくていいよね。 この先、標高1000mオーバーの富士見峠まで20kmぐらいだったかな。ずっと緩い登りであった。前回は昼の日射に灼かれて自分がヘタれているのか、道が登っているのかよく分からなかったが、今は冷静なので大丈夫。
小淵沢(北杜市)を過ぎて、「長野県」という看板が出てくると胸が熱くなる。東京からとりあえず長野までは走ってきたわけだ。数kmごとに座り込んで尻と腰を休めつつ進んでいく。峠の1km手前の路側にへたり込んだら、しばらく意識が飛んでいた。疲れたな、お腹すいたな…
諏訪湖の朝さて、ここから少し下って諏訪湖に出る。前回挫折したのが上諏訪の街だが、今はまだ朝。ふふふ。まだまだ行けるぞ。空腹を抱えて諏訪大社の横を通り、諏訪湖の西岸を駆け抜けていく。
陽光に水面は輝き、木々の新緑が眩しい。あー、この辺の某電機メーカーに就職してもよかったかもね。なんちて。来年の就職先は諏訪湖じゃなくて琵琶湖畔なんですけどね。
とか言っているうちにもう諏訪湖をぐるっと回って岡谷の街に入った。人口密度が低い割に駅も周辺のビルも立派。 携帯を見ると富士山を登る自転車レースに出た友人が2位に入賞している。あはは。すげー。まったくヘンタイですね(←なんかこれ漢字で書くとgooにフィルタされるんだよね)。一日で日本横断なんか霞んじゃうぐらい凄いですね。俺ってば一般人よね?
意外と辛い塩尻峠…では改めて出発。ここからすぐに登坂が始まり、斜度としては最後の難所である塩尻峠に続く。塩尻峠は直線距離でいうとすぐのところにあるのだが、そこへたどり着くために山の斜面をだーいぶ遠回りする。日も高くなってきて暑くなってきた。まぁ、道ばたでヘタれたりする暇もなく峠に到着した。富士見峠と塩尻峠は、峠には歩道橋があるだけでいまいち味気ない。
そしてまた下りである。塩尻峠の下りは最高だ。全て高速コーナーの安定した路面をノーブレーキですっ飛んでいくだけでいい。下りきると甲州街道は終点。ここは「東京」「名古屋」「飯田」「松本」という4方向から来た道が交わる要衝だ。
松本方面に曲がる。この辺は片側一車線で路肩も狭い。走っていると後続車に気を遣うことになる。 安曇野、豊科、穂高ここからは美しき安曇野(あずみの)、次の経由地は信濃大町。今回のコースのハイライトはその先にあるのだが、そのプロローグを飾るにふさわしい風光明媚な地だ。緑と花々に彩られた土地、そして西側に迫る北アルプスの山々、そこから流れ来る梓川の清流。ついでに川にかかる大糸線の美しい鉄橋。前回は修復中だったのよね。街道筋には心なごむ道祖神が並ぶ。
それにしても尻の痛さが酷い。さらに腰も痛い。以前椎間板ヘルニアで痛めた腰が長時間の前傾姿勢に悲鳴を上げている。何しろ腰痛のリハビリとして折り畳みの自転車に乗り始めたのがそもそものきっかけだったので、あまりやりすぎない方がいい気がする。コンビニや道の駅を見つけるたびに、休み休み。この15kmちょいが辛かった。
緑と湖と空大町は開けた大きい町。空は広い。しゃがみ込んでサークルのチャットログを眺め、出発する。ここから白馬までが今回のコースの最も楽しいところである。今回は300km走ろうと思っているからわざわざ東京から辛い思いをして走ってきているわけだが、そんな目標がなければ大町から白馬までを一日いろいろ寄り道しながら走りたいところである。みんなもぜひ夏のうちに行ってみてほしい。いい温泉もあるよ。(もちろん冬のスキーもいいですな)
道は山の間にわずかに開けた平地を抜けていく。緑の山はすでにひぐらしの声に包まれている。その先に見えてくるのが仁科三湖と呼ばれる木崎湖, 青木湖, 中綱湖だ。高原の強い日射しの下、木崎湖の水はどこまでも透き通り夏の山々を水面に映している。
あぁ、今年も夏が来ている。毎年変わらない夏。でも今年は何かが変わるんじゃないかという期待。高揚する気分。道は着実に標高を上げていく。汗がしたたり落ちる。でも不思議に疲れはもう感じない。身体の痛みも緑の中に吸い込まれていく。
楽しい時間が過ぎるのは短く、すぐに道は白馬の街に入る。ここは雪のシーズンに最適化された舗装がされている関係で、道の走り心地が非常に悪い。観光地はさっと抜けて先へ。
必死のトンネルダウンヒルここからは日本海へと下り基調に転じる。やっと下りである。なのに、下りの国道148号線は本当に酷い。まずほとんどがスノーシェルターに覆われている。トンネル→スノーシェルター→トンネル→スノーシェルター という実質全部トンネルだろそれ! という道が数十キロという単位で続く。路面は雪の影響でガタガタ。特に自転車の走る路肩は酷い。手袋をして走っているのに振動で手のひらの皮がむけそうになるくらいだ。手首で全部受け止めようとすると腱鞘炎になりそうだ。そして極めつけに、大型車がひっきりなしに走ってくるのだ。これは恐ろしい。内陸から日本海岸へ出る高速が、上信越道から西にないので全部この国道を通るのだ。いつ転倒してもおかしくない路面のトンネルを40〜50km/hで下っている至近距離を、都市間輸送トラックがどんどん抜いていく。そんな恐怖体験が1時間近く続く。
たまにスノーシェルターから見える大糸線がいい味を出している。南小谷から北の大糸線はJR西日本の管轄で、キハ52という旧型の気動車が単行でまったりと渓谷を走るそれは美しい路線なのである。トンネルがふと切れたところに小滝という駅があった。どうやら発電所のためにある無人駅らしい。トラックとせめぎ合うのに疲れたので行ってみる。
殺伐とした道路とはまったく違う、ゆるやかな時間がそこにはあった。小さな駅舎に、気動車2両が止まれるくらいのホーム。すると、運良く糸魚川ゆきの単行がやってきたではないか。案内のアナウンスもない、乗降客もない。ただ列車が静かにやってきて、時間になると運転士がドアを閉める。気動車は煙を噴き上げながらのろのろと去っていく(フル加速だけどね)。いつ廃止になってもおかしくない区間だけに、今度は列車で来てもいいと思った。
ゴール!さぁ、ゴールの糸魚川温泉まで10kmを切った。トンネル区間を抜け、姫川下流の田園地帯に入った。痛みも疲れも忘れて30km/hオーバーで回しっぱなしである。なぜ290kmも走ってきたのにこんな余力があるのか。道すがらさぼってたんじゃないのか? なんて思って笑いながら駆け抜ける。あと1km。スプリント開始。まだ十分明るいうちに着けた。もうすぐだ!…と…あれ? 勢い余って行き過ぎちゃったよ。
あはは。嬉しくなるとついやっちゃうんだ。
到着は18:05。東京を出てから18時間20分の道程であった。
糸魚川温泉「ひすいの湯」にふらふらと自転車を停め、受付へ。市民以外はタオル込みで1100円(市民は600円)なのでちょうど出したら、500円返ってきた。 いやいや、ちょっとそこから走ってきたように見えましたかな。ふふ。ちょっと日本の逆側から走ってきたんだよん。まぁ、受付で自慢話をするわけもなく、そそくさと温泉へ。 皆さんもご存じのように、新潟の海からは石油が出る。そして、海底の地層からわき出してくる温泉には石油が含まれているのだ。ガラガラ、と扉を開けて入ると重油のようなにおいが漂う温泉。なめれば塩辛い。石油風呂だと思うと微妙だが、この汗(もう乾いて塩になっているが)を流す快感は何にも代え難い。もうこの瞬間といったら。
念入りに風呂でマッサージをし、ゆっくりと浸かる。 土曜の夜から覚醒しっぱなし、ほぼ運動しっぱなしだったわけで、もう身体が弛緩したら最後、意識の糸は切れてしまいそうだ。ここで酒なんか飲んだらもう起きられないこと請け合いである。 しかし駅はここからまだ3kmぐらいある。意識を失うのは列車に乗ってからでいいだろう。風呂上がりのビールを鉄の意志で我慢し、再び車上の人となる。折しも太陽は日本海に沈んでいく最中で、一日晴れていた空は真紅に染まっていた。
日本を横断してきた道は、唐突に日本海縦貫国道、8号線とのT字路で終わる。その防波堤に辿り着いたとき、ちょうど太陽は沈みきって、広がる空は夕焼けから夜の闇へと変わっていくところであった。最後にこんな美しい空が見られるなんて、ここまで来た甲斐があったな。
よし。一日頑張った。こんなに日曜日って長かったんだね。 すこし道を戻り、個人商店のスーパーへ。70Lのゴミ袋と、ますのすし、唐揚げ、そしてビールを2本買った。駅で自転車をバラしてゴミ袋に詰め込む。少しでも軽量化したかったので輪行袋は持ってこなかったのだ。
乗る列車は20:27の北越号。東京行きの最終の新幹線に乗り継げる特急だ。
北越号に乗り、早速一人で乾杯。もう老朽化の進む485系はリクライニングすら怪しい。でも好き。 そのあと何故か長岡でちゃんと目覚め、新幹線に乗り継ぐ。起きたり寝たりしているうちに東京。ここから車のある高尾まで帰らなきゃいけないのがどうしようもなく面倒だが、あきらめて中央線ホームへ。ほら、まだ高尾行きの快速はある。 新宿で、大量に人が乗り込んできた。しかも大きな楽器を持ったバンドマンまで乗ってきて、自転車にカートを引っかける。他の人も自転車を邪魔にしている。あー、気まずいな。だいたい中央線で輪行するといつも喧嘩寸前の雰囲気になるんだ。うぅ。
さて、高尾に着いた。もう夜の1時を回っている。土曜から走ってもう月曜じゃないか。これから50km近く運転するのか? この身体と頭で? だ、大丈夫か? 車に戻り、片付けと着替えをして出発。案外普通に運転できるものだ。空いている道を走り、中央道へ。調布まで好調に飛ばし、東八道路を好調に飛ばし、三鷹からさくっと帰宅。…あ、あれ? なんか地元の路地が暗いぞ? おぉぅ、ライトが車幅灯しか点いてなかった〜よ。 車幅灯で高尾から練馬まで走っちまったよ。疲れた状態の運転って恐ろしい。もうちょっと時間があったらホテル糸魚川か、夜行列車で帰ってきてもよかったな。 ま、そんなわけで一度やってみたかった半ば無謀な挑戦。でも結果的には決して無謀ではなかったと思う。トレーニングを含む万全の準備と「意あれば通ず」でやりとげた今日の経験が、今後の私を支えてくれるかも。…この調子で普段の仕事のハードルも越えていければいいんだけどね。 次回の更新は北海道ツーリング2008年版、の予定です。果たして今年はそもそも北海道なんか行ってられるのか? 乞うご期待。 |