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目次
8/28 東京→中標津 (航空機+21km)
8/29 中標津〜知床 95km
8/30 知床断崖シーカヤック (カヤック+8km)
8/31 知床の秘湖へ!
9/1 知床〜興部 輪行+87km
9/2 興部〜猿払 146km
9/3 猿払〜稚内空港〜東京 (52km+航空機)

9/2 興部〜猿払 146km

今回のルート

今回のルート。クリックでGoogle Mapsに飛びます。

今日は珍しく晴れて気持ちのよい一日だったので、146kmも走りましたよ。疲れた〜(上のマップは100kmってなってるなぁ。おかしいなぁ…) では細かく見ていきましょう。

朝5時過ぎに目が覚めた。久々に携帯を出して天気予報を調べると、今日は好天で明日は雨とのこと。ならばさっさと出発して、今日のうちにたくさん走ろうではないか。

興部を出たのが6時20分。静まり返った街を、ときおりじゃがいもを満載した大型トラックが抜けていく。街を出た瞬間にひどい濃霧に覆われた。北海道は道の上に、積雪時に路肩の位置を現す“↓”が規則的に立っているのだが、それが2本しか見えない。周囲は牧場で、その湿気のせいもあるのだろう、さっぱり何も見えない。言い方によっては幽玄な朝霧である。ここから興浜南線の終点雄武(おうむ)まで20km、意外にアップダウンの多いコースである。なかなかスピードも出ないし、霧の水に体温を奪われて寒いのでいまいちやる気も出ない。
すごい霧だ。
すごい霧だ。
周囲の牧場はもっと視界不良。
周囲の牧場はもっと視界不良。
雄武に着いたのは結局8時過ぎ。バスターミナルにある鉄道記念碑を撮影したり、ターミナル内の記念展示を見学した。
雄武市街。
雄武市街。
バスターミナル。
バスターミナル。
ターミナルには展望室がある。
ターミナルには展望室がある。
本来名寄本線の興部と、天北線の浜頓別を結ぶ予定だった興浜線は、枝幸〜雄武の区間の建設が終わらないままに南北に分割されて結局つながることもなく廃止されてしまった。これから走る区間は、興浜南線と北線の間の50km以上にわたる未開通区間だ。
雄武の鉄道記念碑。
雄武の鉄道記念碑。
バスターミナル内の資料館。
バスターミナル内の資料館。
しかし結論からいうと、こんなとこに鉄道を通す必要はやっぱしなかった。だって50km以上もある区間だけど集落は5つかそこらしかなかったし、コンビニは1つしかなかったもの。そんな過疎だ。いやー長くて退屈な区間だった。天気が悪くて海もそんなにきれいじゃないし(いや、まぁきれいなんですけどね?)、牧場もそろそろ見飽きたし…。バイク向けの、けっこうコメントが後ろ向きな「旅風ツーリングガイド」によると、この区間は「ただ忍耐あるのみ!」だそうで。いやこれは本当だ。こっちの5倍のスピードが出ているバイクですら忍耐なんだから自転車はなおさら…
先は長い。
先は長い。
風が猛烈と書いて風烈布。
風が猛烈と書いて風烈布。
途中の乙忠部(おっちゅべ)という集落のセイコーマートはこの辺20km圏内で唯一ということもあり、だいぶにぎわっていた。そういえば、道内のどこのコンビニに行っても快楽天(エロ漫画ね)を売ってるのってすごいなぁ。まぁジャンプとかでもいいんですけど。コンビニ売りってすごい。あれに載せれば日本中の本当に「津々浦々」に名をとどろかせられるものね。枝幸の漁協のおにーさんも鳴子ハナハルを知ってるかもしれないわけですな。
オホーツクラインでは貴重なセイコーマート。
オホーツクラインでは貴重なセイコーマート。
海の向こうは晴れているようだ。
海の向こうは晴れているようだ。
そんなこんなで昼にやっと枝幸に着いた。ここは駅で言うと北見枝幸。バスターミナルの正面が駅の跡だ。商工会に鉄道資料について聞くと、オホーツク博物館というところに全部所蔵したという。今日はそんなに時間がないので、わざわざ訪問するのは断念した。
「この街で 思い出を作れたら いいですね」って…
「この街で 思い出を作れたら いいですね」って…
枝幸市街
枝幸市街
美容院「あいそとーぷ」
美容院「あいそとーぷ」
駅跡のバスターミナル。
駅跡のバスターミナル。
待合室の料金表。
待合室の料金表。
ホーム跡ではないけど、似た雰囲気がある。
ホーム跡ではないけど、似た雰囲気がある。
真の駅跡はここ。
真の駅跡はここ。
「興浜線跡」と通りの名前に残る。
「興浜線跡」と通りの名前に残る。
昼飯はどうしようか、と役場の方へ。すると、予想どおり役場と消防署のすぐ近くに定食屋があった。けっこうにぎわっている。店内にはジャイアンツのグッズがところ狭しと飾ってある。天丼を注文した。枝幸はカニの街、なにか港で水揚げされたおいしい食材をつかってくれるに違いない。すると、海老、ホタテ、キス他の具が二重に重なっているような豪華な大盛りが出てきた。おお、素晴らしい。
天丼ウマー!
天丼ウマー!
ご主人と雑談しつつ、今日の今後の日程を考える。ここまでにすでに70km走っている。この先浜頓別(はまとんべつ)まで30km、これで合計100kmだ。普通ならここでやめている。その先猿払(さるふつ)まで30km。これを走りきってしまうと、明日の稚内空港までの走行距離を60km以下におさえられて都合がいい。とすると今日はあと60km走ることに。今1時過ぎだから、けっこう時間に余裕がないんじゃないだろうか。では早めに出発しますか。
海へ出ていく。
海へ出ていく。
店を出るとさっきまで酷かった霧が晴れて、すがすがしい天気になっていた。風は南から5m、少し強いくらいだ。ここからは追い風に助けられた。スピードは20kmオーバーに上がり、調子よく走るようになった。そして、途中から深い青に輝く海も加わって、目にうつる景色で気分もよくなったせいか、さらにスピードアップ。おお、これは楽しい。
北緯45度の広場。
北緯45度の広場。
GPSも45度0分0秒を示す。
GPSも45度0分0秒を示す。
この30km超の区間のハイライトは、なんといっても神威岬と、そこを回りこんでいく斜内山道という場所だ。今でこそ国道は長いトンネルで通過してしまうのだが、昔は奇岩にオホーツク海が押し寄せるすぐのところを、旧道と興浜北線が走っていく難所だったのだ。厳寒の冬となってはなおさら。鉄道写真のカレンダーを見ると、必ずといっていいほど興浜北線の写真が載っていたものだ。今は新道のトンネルがあるおかげで、道は冬季閉鎖になるんだけどね。
左から山が迫ってくる。
左から山が迫ってくる。
神威岬遠望。
神威岬遠望。
国道から分岐し、山と海がせめぎあう狭間を下っていく。廃線跡の道床も間近に迫り、いつ列車が現れても不思議でないくらいだ。釣人がちらほら、他に何かの業者の人がいる。ガードレールの向こうにスーツのおっさんが立って異彩を放っていたけどあれはなんだったんだろうなー。数日後の新聞に乗ったらやだな…いやまさかね。
旧道。
旧道。
岬の突端。
岬の突端。
この灯台の前を、昔は興浜北線が走っていた。
この灯台の前を、昔は興浜北線が走っていた。
神威岬の灯台を通り、少し行くとまた新道に合流する。この先が斜内の集落になる。気分よく走っていくと、少し道から入った左側に小屋が。きゅぴーん。脳内フェムト秒分光によればあれは廃駅ですよ、きっと。
廃駅の予感!
廃駅の予感!
斜内駅跡。
斜内駅跡。
道床も今は自然の中へ。
道床も今は自然の中へ。
曲がって未舗装路を入っていくと、果たしてそれは斜内駅跡だった。トイレと待合室がある程度の小さな駅だが、入り口に釣の浮きを利用した名前標がかかっていたのと、今月のカレンダーが外に掲示してあったのを見ると、廃駅に誰か住んでいるのかもしれない。駅の向こうには、草むらの中に線路跡が続いていた。レールは残っていなかったけど。
最果ての雰囲気が強くなってきた。
最果ての雰囲気が強くなってきた。
豊牛駅跡。
豊牛駅跡。
さらに国道を走っていくと、…きゅぴ(以下略 なんと豊牛駅跡も残っているではないか。こちらは駅前の道がすでに私道になっているので、自転車を降りて歩いて入る(車両は入ってはいけないらしい)。ここは倉庫のようになっていて、待合室には廃止当時のままの時刻表が残っていた。一日5往復の北見枝幸行きと浜頓別行き。今でも代行バスが、似たような時刻で同じ路線を運行している。
当時のままの時刻表。
当時のままの時刻表。
ここを過ぎると、左側に湖や沼と湿原が広がるようになる。浜頓別はクッチャロ湖(屈斜呂湖とは違います)があり、白鳥が飛来する街。その手前から、湿原は続いている。右は海、追い風。やっほう。
追い風。風車。
追い風。風車。
湿原地帯に入る。
湿原地帯に入る。
煌めく水面。
煌めく水面。
浜頓別市街。
浜頓別市街。
さあやってまいりました浜頓別の街。今日は興部を出てからここまで100km走ってきた。バスターミナルをさがしてしばらくうろつく。裏通りに入るととたんにさびしくなる。これでも比較的大きいのだが、道北の町はさすがに小さい。バスターミナルは駅の跡にあり、その辺はだいぶ開けている。
浜頓別バスターミナル。
浜頓別バスターミナル。
興浜北線と天北線の資料。
興浜北線と天北線の資料。
ターミナル内には例によって興浜北線と天北線の資料と、昔の駅のジオラマがあった。北海道は廃止された鉄道の資料をちゃんと保存し、思い出を忘れないようにしているところが多い。昔の「私の旅スタンプ台」も、ターミナルの入り口に観光案内のポスターを貼るための台として残っている。願わくば、このまま幾久しくこのままで。

せっかく浜頓別に来たのだから、白鳥がいなくてもクッチャロ湖に行っておこう。今の時間は16時、日も傾きかけてきた。ちょうど湖に西陽があたってきれいに違いない。湖はすぐそこにあり、ウイングという温泉施設、サイクリングターミナルもある。湖は思っていたよりずっと広く、太陽を映していた。そしてよかったのは桟橋。湖に出ている木製の桟橋というのはとてもいい。クッチャロ湖、白樺湖、木崎湖、みんな絵になる。なんかいい写真は撮れないかとカメラを向けてみた。
クッチャロ湖。
クッチャロ湖。
ずっとこの空の下を走っていられたらいいのに。
ずっとこの空の下を走っていられたらいいのに。
湖岸。
湖岸。
湿原には可憐な花が一面に揺れていた。
湿原には可憐な花が一面に揺れていた。
さてさて、さっき「サイクリングターミナル」と書いたが、なにがサイクリングなのかというと、ここから天北線の廃線跡が舗装されて、猿払まで20km程度のサイクリングロードになっているのである。天北線は内陸の音威子府から出て、浜頓別から猿払を通って浜鬼志別までオホーツク海の少し内側を走り、ここからまた内陸に入って稚内に行く路線であった。

まぁ、せっかくなので廃線跡を走ってみるか。しかし、秋の平日の夕方にこんな超田舎のサイクリングロードを走っている人などいるはずもなく、あたりはなんだか少し怖い雰囲気が漂っていた。線路跡の周りはうっそうとした防風林とミズナラなどの低木に囲まれ、展望がきかない。しかも誰もおらず、完全に孤独だ。いつ熊が出てきてもおかしくないし、パンクして修理しているうちに日が暮れて視界がなくなってしまってもおかしくない。うーん、素直に国道をいけばよかっただろうか? しかし、たまに現れるクッチャロ湖や沼の展望は見事だったし、途中にいくつかあった廃駅のホームも風情はあった。
天北線→
天北線→
→サイクリングロード。
→サイクリングロード。
すごく綺麗なんだけど、
すごく綺麗なんだけど、
本っ当にだれもいないので怖いです。
本っ当にだれもいないので怖いです。
誰もいないサイクリングロードを延々と走りつづけていくうち、茂みが「ガサッ」と鳴った。うお、え、なんですか? キツネ? 熊? 日没まであと30分であたりは薄暗く、閉塞感が増す。いやー怖いよー。ここはできれば集団で走ることをおすすめします。防風林があるせいで、海沿いの追い風も来ないから速度も下がってしまった。
山上?駅跡の休憩所。
山上?駅跡の休憩所。
なんという絶景。
なんという絶景。
いい廃駅。
いい廃駅。
やっと着いたぜ猿払。
やっと着いたぜ猿払。
そしてようやく、サイクリングロードは終わった。猿払のバス停に着いたのだ。集落なんてあったのかなぁ。駅前の跡は交通公園という名前がついていたが、もはや原野と一体化している感じであった。
車道になった。
車道になった。
原野に日が暮れていく…
原野に日が暮れていく…
ってちょっと待って!!
ってちょっと待って!!
この廃線跡は内陸を走っているせいで、国道から4km近く離れてしまった。道道に入り、海岸へ戻る。この先が今日の宿泊地、ライダーハウス「やませ」である。国道は吹きっさらしで、吹雪のときに退避するための「パーキングシェルター」というのがある、その先2km、誰もいない、集落もないところに食堂&ライダーハウス「やませ」はあった。
パーキングシェルター。
パーキングシェルター。
ライダーハウス「やませ」。
ライダーハウス「やませ」。
着いたのはちょうど日没時間ぐらい。さて、やれやれ…ごめんくださーい…ってあれ?
鍵がかかって入れませんよ!?食堂もやってませんよ?おーいおい。
ここマジ原野の真ん中だよ…どうしよう…

と思っていると、入り口に連絡先の電話番号が貼ってあるではないか。
よし、電話してみよう…ってどこから?(笑 えーと、携帯は…って俺ウィルコムだっつの。原野の中で通じるのはドコモだけですがな。さーてどうしようか。
2km戻るとパーキングシェルターに公衆電話があるし、2km進めば道の駅がある。とりあえずこうしていても日が完全に暮れるし、道の駅まで2km行くか。もう130kmも走ってきたので足はだいぶ売り切れ気味。荷物をおろして道の駅さるふつ公園へ。電話すると、おお、つながった。開けてくれるという。助かった。

じゃあとりあえず戻ってきてください
という。また2km戻るのかー。ま、飛び込みで来た私が悪いから仕方ないや。この道の駅に食堂も温泉もあるんだけど、それは待ってくれないとのこと。分かりました、あとでさらに往復4km走ります…やれやれ。

ライダーハウスは1000円、とても清潔でテレビや毛布もある。さらに風呂、水洗トイレ、コインランドリー、工具セットや機械油もあるなんてなんて素晴らしいんでしょう。雨でオイルが落ちてからこっち、ずっとギシギシ嫌な音をさせながら走ってきたからなぁ。すれ違うチャリダーも大体そんなもんだった。飛行機で来ると、あんまり変な液体を持ちこみたくない都合上オイルやディグリーザーは省いていたのだ。あとで使わせてもらおう。
清潔なライダーハウスだ。すばらしい!
清潔なライダーハウスだ。すばらしい!
さて、飯と風呂だー。もう7時近く、あたりは闇に包まれていた。普段でいえば7時なんて明るい街に弁当を買いに行って、一仕事はじめようか、なんていっている頃。でもここではもうどうしようもなく夜だ。今点けているのはしょぼいLEDライトだけど、闇の中では100mぐらい先まで照らせるのね、知らなかった。足には糸魚川まで行ったときに使った赤色LEDが点滅するバンド。視認性はこれでだいぶ上がるはず。

枝幸はカニの街だったが、ここ猿払はホタテの街だ。食堂も当然ホタテづくしだ。うーむ、旨そう。しかし昼もホタテのてんぷらを食べたし、今は140km近く走った体に栄養を…ということでカツ丼。この道の駅はホテルと、地元の食堂と、サイクリングターミナルと温泉が複合した場所になっている。私が食事しているのはホテルの食堂。さすがに清潔である。大漁旗が飾ってあった。
カツ丼ウマー。
カツ丼ウマー。
飯を食べたら温泉へ。やっと風呂に入れる。ここのお湯は黄土色だ。ここ2日くらいシャンプーの使えない温泉だったので、頭をちゃんと洗えるのがうれしい。今日はだいぶ消耗した。さすがに荷物を積載して140kmは未知の領域だった。ロードレーサーで糸魚川まで行った距離の半分足らずとはとても思えない。BD-1でロングツーリングというのがだいぶ“修行”に近い所行なのは、十分分かってるけど。さっきハンドルを握ろうとしたとき肩から指にかけて電撃のようなしびれが走ったのは、腰骨の神経に来てるのか、それとも一眼レフをかけて走ってたせいなのか…

うー。あまり長湯すると残った体力までなくなりそうなので早めに上がる。なにしろこのあとまた2km走って帰らなければならない。真っ暗な中をだらだらと15分。誰もいないライダーハウスの電気をつける。波の音と、時折通るトラックの音が聞こえるぐらいで、あとはここ数km誰もいない(キャンプしてる人はいたかも)。けっこうさびしいものがある。テレビをつけると、明日の天気は昼から荒れてくるとある。ここから宗谷岬のあたりは吹きさらしだから、風雨が酷いと泣いちゃいそうだ。明日も早く起きて走ることにしよう…

夜目が覚めてトイレに行く。トイレは屋外で、あたりは暗闇の原野。海風が強く吹いていた。

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